2015 トリエンナーレ・コンクールのご報告

クレモナにて、3年に一度の弦楽器製作コンクール「クレモナ・トリエンナーレ」が開催されました。
私も、ヴァイオリンとビオラ部門で参加いたしましたので、ご報告させていただきます。
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3年前には、ビオラ部門でファイナリストとして表彰台に上がるという貴重な経験をしましたが、今回は残念ながら、そのような成果はありませんでした。

ですが、今回もコンクールを通じて、順位や採点などの結果からもいろいろ勉強することができましたし、楽器製作者として今後どのように生きていくべきか、反省点とともに学ぶことが多かったコンクールでした。

以下、コンクール参加の経緯を個人的に振り返ってみたいと思います。
反省点を中心に少し長文になりますが、ご覧いただければ幸いです。
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反省点は、楽器の製作途中から感じておりました。

コンクール参加楽器の提出は9月の初旬と決まっておりましたので、比較的余裕を持って製作を開始したつもりでしたが、今年の夏は予想外の猛暑で、連日40度近い気温の中、夏バテというか、熱中症のような症状になってしまい、仕事にならない日が続いてしまいました。

ですが、コンクールに間に合わせるために急いで製作して、楽器の完成度を下げてしまっては本末転倒ですので、間に合えば参加するというスタンスで、夏の間は仕事のペースをグッと下げて、クオリティ重視で製作していました。

その結果、いつもどおりの完成度で楽器は仕上がったのですが、提出日は目前に迫っていまして、ニスが十分に乾燥していない状態で、慌ただしく音の調整をしての楽器提出となりました。
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ニスの乾燥が十分でないのは毎回のことではあるのですが、音の調整に関しては、今まで参加したコンクールでは、弦を何種類も試すところから始まって、念入りに音調整する中で仲間と意見交換をして、審査開始から100%の性能が発揮できるように完成度を高めていくのですが、今回はそういうプロセスを行う時間が無く、楽器として十分に目覚めていない状態での提出となってしまいました。

こうした状況では、良い結果は期待できないとともに、コンクールから得られる情報やフィードバックが薄いものになってしまい、参加する意義が減ってしまう残念な状況ではありました。

ここまで切羽詰まってしまったコンクール参加は初めてでしたので、潔く参加をとりやめるという選択肢もありましたが、ニスの乾燥と音の調整以外は納得のいく仕上がりでしたので、予定通り参加して、審判を待つことにしました。。
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楽器提出から二週間後、結果が発表されたのですが、その内容は、今回もいろいろ考えさせられるものでした。

審査は、最初に外観について行われて、ある得点以上を獲得した楽器だけが音の審査に進むことができたのですが、その採点基準のハードルが想像以上に高かった印象です。

ヴァイオリンの参加楽器は195台だったのですが、結果的に音の審査に進めたのは58台でした。
つまり、残りの137台のヴァイオリンは、一度も演奏されることもなく、コンクールが終わってしまったことになります。
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ビオラも同じ状況で、参加85台中、音の審査をされたのは31台だけでした。

私の楽器は、この厳しい状況の中、ヴァイオリンは19番目、ビオラは10番目の成績で外観審査を通過することができました。

戦い終えたヴァイオリンです。
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外観審査はなんとか通過しましたが、音の審査では、やはり事前の準備不足が露呈してしまったようで、良い得点とはなりませんでした。
もちろん、根本的な音質改善という意味でも、今後の課題を感じる採点結果でした。

総合的に、私のヴァイオリンは40位台中盤、ビオラは、そこそこ頑張って、17位という成績でした。

ビオラは、こちらです。
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製作途中の反省点が、そのまま審査結果に出た形になり、数字的には良い結果とは言えないのかもしれませんが、一度も演奏されなかった137台のヴァイオリンの中にも良い楽器が数多く並んでいましたので、厳しい外観審査の中、音の審査に進めただけでも十分な成果だったと思います。

今回のコンクールを振り返ると、やはり、夏場の猛暑に耐えられなかったという体力不足を痛感しましたし、計画的に製作を進めるという点でも、今後、製作家として生きていく上での課題、問題点をあらためて考えさせられました。

逆に、そんな状況の中でも、じっくりと取り組むことで、完成度を保った楽器を製作することができるということを、あらためて実感できたのも、良い経験ではありました。

今回、ヴァイオリンからコントラバスまでの4部門で、参加楽器はトータル351台でした。
そのうち、ファイナル審査に残った楽器は21台でしたので、6%という計算になります。
やはり、過酷な、狭き門のコンクールなのだと感じます。

ちなみに、同僚の高橋明さんは、11位にヴァイオリン部門で入りましたし、ビオラは、私の楽器の隣の18位という成績でした。
さすがの、安定した実力ですね。
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柱を挟んで、仲良く並んだ2台のビオラです。。
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上位陣の成績を見ると、ビオラ部門以外は1位が無いという、少々盛り上がりに欠けるコンクールとなりました。
理由は、「最高得点であっても1位に相応しい音色を持っていない。」という評価だったようで、全体的に、音に厳しい審査基準ではあったようです。
クレモナ勢では、ダビデ・ソラさんが、ヴァイオリン部門で3位、銅メダルを獲得しました。
また、チェロ部門で永石勇人さんがファイナリストとして表彰台に上りました。
おめでとうございます。

前回のトリエンナーレもでしたが、近年、コンクールではオイルニスの楽器の受賞が目立っています。
これは、そういう流行もあるのだと思いますが、言い換えると、現代の優秀な製作家がオイルニスを好んで使っているということなのだと思います。
こちらは、ゴールドメダルを獲得した、フランスのCharles Coquet さんのビオラです。
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私も、かつてはオイルニスの研究をしたこともありますが、師匠であるマエストロ・ラザーリのアルコールニスの美しさは現代のニス技法の頂点の一つと思いますので、その手法を受け継ぐ者の一人として、これからも、少しでも師匠に近づけるように、アルコールニスの完成度を高めていきたいと思っています。

このように、自分の立ち位置、そして今後の進むべき方向性などをあらためて考えるきっかけになるのも、コンクール参加の意義だと思っています。

そして、製作家にとっての本当の勝負の場は、お客様に楽器をお届けする時だと思っています。
コンクールでファイナルに残れなかった残念な気持ちは、一日で消えますが、お客様に楽器をお渡しした時に、気に入っていただけなかったり、少しでも表情が曇ったりした場合、その残念な気持ちは一生残りますので、そのような事態にならないために、コンクールという極限状態で自分を磨いていくことが大切だと思っています。

今回の貴重な経験を活かして、これからも、さらに良い楽器を目指して精進していきたいと思っております。
今後とも、よろしくお願いいたします。

コンクールに出品したヴァイオリンは、10月30日から開催の弦楽器フェアにて展示させていただきますので、ぜひ会場にてご覧いただければ嬉しいです。 (ビオラは、残念ながら展示できません。。)
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長文をご覧いただき、ありがとうございました。
では、最後に、今回の参加楽器を写真でご紹介させていただきます。

まずは、ヴァイオリンからです。
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続いて、ビオラです。
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by violino45 | 2015-09-30 15:00 | 製作記 | Comments(4)

Commented by りんめいママ at 2015-10-01 07:10 x
お疲れ様でした。なんでも体が資本ですよね。ところで、オイルニスとアルコールニスの違いは何ですか?
音色に違いは出るのでしょうか。
Commented by 菊田 at 2015-10-01 15:48 x
りんめいママさん、こんにちは。
オイルニスとアルコールニスの違いは、一言で説明するのは難しいのですが、、、

オイルニスは、樹脂などの固形物を高温で柔らかくしたものに、熱したオイルを混ぜて融合したもの。
アルコールニスは、樹脂などの固形物を、アルコールで溶かしたもの。

と言えると思います。
要は、オイルに溶かすか、アルコールに溶かすかの違いなのですが、大きく違うのは、オイルニスの場合は、乾燥しても融合したオイルがそのまま残る(固化する)のに対して、アルコールニスの場合は、アルコール分は蒸発して消えてしまうところかと思います。

オイルという言葉は潤滑油のイメージがあるので、オイルニスのほうが柔らかくて、音も柔らかいというイメージで語られることもありますが、実際は、どちらのニスも、良いレシピで作って高い技術で塗られた場合は、適度に柔らかく、楽器を保護しつつ、良い音色を保ちますので、大きな違いは無いと思っております。

逆に、どちらのニスも、失敗した場合は、いつまでも乾かなくてベタベタしたり、固くなりすぎてひび割れしたりと、それぞれ同じ問題がおきてしまうので、良いニスの探求には時間がかかります。

主に違いが出るのは、外観の部分で、アルコールニスは艶のあるきらびやかな仕上げに向いていますが、オイルニスは、マットな落ちついた仕上げに向いていて、新作楽器の場合、特に製作者の個性が出やすいポイントになるかと思います。

これも、どちらが良いというものではなく、好みの部分が大きいのですが、流行にも左右される部分もあるので、コンクールなどで採点される場合、基準が難しいことは事実かと思っております。

以上、私見を書かせていただきましたが、ご参考になれば幸いです。。
Commented by parnassus at 2015-10-03 09:51
菊田師匠、まずはお疲れ様でした。
今年の夏は、日本以上の猛暑だったのですね。そのごろのご様子、ネット上で動きがなく、実は心配しておりました。
準備不足に対し、厳しい(理不尽な?)審査の中、10位と19位通過、最終的にもヴィオラの17位の成績などはさすがだと思うのですが、、少なくとも、コンクールに出続けられる意義は得られたと拝察します。
今回のヴァイオリンは、斜めのトラ杢がスタイリッシュな、師匠の楽器としては珍しいのではと思いました。いつもながらスゴイ綺麗です。弦楽器フェアではニスも落ち着いた姿で会えること楽しみです。
そして、「今後、製作家として生きていく上での課題、問題点」というあたりのお話もじっくりと・・
Commented by 菊田 at 2015-10-03 22:24 x
たにつちさん、こんにちは。
いろいろご心配いただき、ありがとうございました。

コンクールに参加する以上、順位などの結果も大切ではあるのですが、製作者としてのレベルはまた別のところで厳しく評価されるものですので、そこを切り離して考えることができるかどうかで、コンクールに参加する意義が違ってくるのだと思います。

今回の結果、順位に関しては、ヴァイオリンもビオラも、準備不足の中、私の中では予想以上に好結果でしたので、うっかりすると、これで良かったと安心してしまうのが一番怖いことなのです。

ですので、採点結果などを冷静に吟味して、これからの楽器に活かしていくことが、コンクールに参加し続ける意義なのだと思っております。

弦楽器フェアでは、楽器をゆっくりとご覧いただければ嬉しいです。

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