製作記再開

東日本大震災から一ヶ月が過ぎました。
あらためまして、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、余震が続き、そして原発の問題がなかなか解決しない状況ではありますが、避難されている皆様が一日も早く安心した生活に戻れることを、心よりお祈り申し上げます。

クレモナでは、昨日、復興への支援の気持ちを込めて、クレモナ国際バイオリン製作学校の日本人の生徒さんたちが中心となって、チャリティコンサートが開催されました。

中心となって企画したのは、普段から弦楽5重奏のグループで演奏活動をしている若者たちですが、楽器が演奏できる生徒さんが演奏に加わる形で、クラシック音楽からポピュラー音楽まで、様々な形態でのアンサンブルで演奏されました。

また、クレモナの音楽学校からの選抜オーケストラも参加して、バッハのドッペルコンチェルトも演奏されました。
ソリストは、クレモナで演奏活動をされている日本人姉妹の方でしたが、オーケストラの安定した響きとともに、すばらしい演奏でした。

中心となった生徒さんの中には、ご実家が福島原発から30キロ圏内で被災された人もいて、落ちつかない心境だと思うのですが、、それぞれ、自ら製作した楽器を手にしての、気持ちのこもった演奏を聴かせていました。

また、ラザーリ師匠のお弟子さんがすばらしいトランペットソロを披露したり、普段、物静かな感じの人が堂々としたボーカルを聴かせたりと、普段から良く知る方達の、意外な一面があったことも嬉しい驚きでした。

演奏を聴きながら、バイオリン製作を志してクレモナに来た若者たちが今回の震災に心を痛め、自主的に支援活動のために演奏会を開いたことを嬉しく思いました。

それにしても、製作学校の生徒さん達の演奏は、なかなかのレベルでした。
これだけの演奏技術を維持するためには、かなりの練習量が必要だと思うのですが、、忙しい学校生活の中、楽器製作の勉強がおろそかになっていないか、逆に心配にもなりました。

でも、彼らの楽器を見せてもらいましたが、荒削りな面もありますが、学校やマエストロの下で良く学んでいることが分かる、十分に良い楽器だと感じました。

逆に言えば、こういうコンサートを企画しようという心意気のある人が作る楽器が悪いはずがないとも言えます。
楽器には、製作する人の心や、生き方そのものが現れるということを、あらためて感じました。

そう言ってしまった後で、製作記を再開するのは怖いのですが、、

カテドラルの製作はかなり進んでおります。
アーチが完成しましたので、厚み出しに入ります。
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アーチの形は、音にも大きく影響しますし、また、見た目の美しさを決定付けますので、ある時点では、見た目を優先するか、音を優先するかという、難しい選択を迫られることもあります。
もちろん、音を優先するのが大前提なのですが、でも、製作者の心情としては、見た目を追い求めてしまうというのが正直な気持ちだと思います。

逆に、厚み出しは、見た目にはまったく影響しませんので、、音に集中して作業できる、ある意味、楽器製作の醍醐味ではあります。
でも、集中できるということと、結果の良し悪しは関係ありませんので、ある時点で、いずれにしても悩むことになります。
特に、材質によって、木材の重みは大きく変わってきますので、それに合わせた厚みの配分を決めるのは至難の業というか、無限にある答えの中から、疑心暗鬼の中、一つだけを選ぶような心境になります。
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表板は、さらに、バスバーが追加されますので、状況が複雑になります。
バスバーを強いものにする前提で、表板を薄くするという方法論もありますし、その逆もあります。
もちろん、表板の材質や、バスバーの材質の組み合わせによって、答えはさらに無限の度合いが増えていきます。
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そして、表板はエフを切る作業が待っています。
エフは、音にも影響しますが、やはり見た目重視の度合いが大きい作業ですので、頭の切り替えが必要になります。
カテドラルのエフは、本物を見ると、ストラドには珍しく左右でかなり形が違っていて、それが、カテドラルの固有の表情を作っているようにも感じます。
ですが、製作者としては、それをそのままコピーするのは、かなり勇気が要ります.
後世の、事情を知らない人が見たときに、単に、失敗したようにも見られてしまう可能性もあるからです。
ですので、失敗したようには見えないように慎重に作業しながら、全体の雰囲気は、カテドラルのエフを十分に感じられるように、微妙に修正しながら作り込んでいきます。
こうして出来上がったエフが、こちらです。
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そして、オリジナルのエフが、こちらです。
300年経過した迫力には、やはりなかなか及びませんね。
右上の、魂柱を調整するために削れてしまったと思われるカーブが、この楽器の表情を大きく作っているのですが、、、それを再現する勇気はありませんでした。。
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ニス塗り途中だったバイオリンは、ニスは塗り終わり、指板を貼付けて、現在乾かしているところです。
乾燥が十分になったら、磨いて、部品を組み付けて、完成です。
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by violino45 | 2011-04-11 08:45 | 製作記 | Comments(10)

Commented at 2011-04-12 21:56 x
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Commented by 菊田 at 2011-04-13 09:04 x
非公開コメントさん、こんにちは。
ありがとうございます。とても嬉しく読ませていただきました。

なかなか更新もままならない拙ブログですが、バイオリン、そしてバイオリン製作にもさらに興味を持っていただけるきっかけになれば、嬉しいです。

いつか、私のバイオリンの実物もご覧くださいませ。

またお気軽にお立ち寄りいただければ幸いです。
ありがとうございました。
Commented at 2011-04-13 12:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2011-04-13 12:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by エクレア at 2011-04-13 17:54 x
こちらではまだ余震が続いています。
私が住んでいるのは直接の被災地域ではありませんが、それでも影響はあると感じています。
自分のできることを少しずつ、そしてそれが間接的にでも被災された方や地域への貢献になれば良いなと思いながら生活しています。

カテドラルモデル、だんだん完成に近づいてきているのですね。
カテドラルの雰囲気を再現しつつ、菊田さんの個性と精度の高い技術が、表板・裏板から見えるような気がします。
そろそろホワイトでは完成しているころでしょうか。
ホワイトで組みあがった写真も楽しみにしています。
Commented by 菊田 at 2011-04-14 05:04 x
エクレアさん、こんにちは。
余震が続いているとのことで、落ち着かない状況と想像しております。
安心して生活できる日常が早くもどって来る事をお祈りしております。

カテドラルモデルですが、実際はかなり進んでしまっておりますが、一気にダイジェストでご紹介するよりも、少しずつ完成に近づく様子をご覧いただこうと思っております。
とはいえ、あと少しではありますが。。

私の個性が、どの程度カテドラルと融合しているのか、自分でもなかなか良く分からないというのが正直なところですが、一つの楽器として、良い方向で完成に近づいているのは実感しながら作業しておりますので、きっと、良い楽器として生まれてくれることと期待しております。
Commented by momo at 2011-04-14 14:09 x
こんにちは、海外のあちこちの国で日本の為のチャリティーコンサートが
催されているという有難いお話をたくさん耳にしております。
このように心が沈んでいる時に海外の方からも温かいお心を届けて
くださるというのは本当に嬉しいです…
ご自分で製作された楽器で演奏されるなんて、とても素敵ですね。

引き続き製作記も楽しみにしています!幾通りもの答えのある事を
進めていかれるご苦労が次々とやって来るのですね…
f字の左右の違いなど、素人の私には言われないと分からないところです。
そろそろ完成のヴァイオリン、実際に音を出す瞬間ってどんな想いなのでしょうか。
楽しみでもあり、怖さなどもあるのかなぁ…などと想像しております。
Commented by 菊田 at 2011-04-15 07:22 x
momoさん、こんにちは。
そうですね、クレモナでは2度目のチャリティコンサートでしたが、前回同様、立ち見のお客さんがたくさん出るほど、クレモナのイタリア人たちも、日本の事を本当に親身になって考えてくれていることが実感できて嬉しかったです。

エフって、なんとなく顔のように見えてしまいますね。
人間の顔も左右で違うけれど、でも、一人の顔としてバランスが取れて魅力があるように、エフも、左右がお互いのパートナーとして引き立て合えるような、引力を感じる楽器を作りたいと思っています。

最初に音を出す瞬間ですが、無事に、健康に、大きな音で鳴ってくれることがなによりだと思います。
私は経験がないのですが、子供が生まれる瞬間の親の気持ちと同じではないでしょうか?

元気な産声を聞いたら、まずは一安心ですが、その後は、もっと鳴ってくれるのではないか、もっと美しい音が出るのではないかと、いろいろ欲目も出てきて、調整(教育?)に力が入ってしまうのも、同じかもですね、、、、。

でも、バイオリンは、生みの親と一緒に過ごす時間は少なくて、楽器を演奏されるお客様によって、一人前に育っていくところは、違っていますね。。
Commented by 栗栖 at 2011-04-15 13:00 x
菊田さんお久しぶりです。

製作記再開ですね。

震災の影響は多々起きてますが、暗くならず明るい話題や前向きな気持ちが必要な時期ではないかと思います。

遠く離れた九州でも地震がございました。何が起こるかわからないので
気をつけていきたいですね。

菊田さんの製作記で私も前向きな気持ちになれますので是非発信して頂きたく思います。

ところでF字写真を見た瞬間に少し広がっていると思い文章を見てみるとやはり削ってあったのですね。
しかしオールドバイオリンの迫力やはりすごいです。
菊田さんの制作はいつみても繊細です。見入ってしまいますよ。

私はやっと今ニス前の目止めに着手することができました。
ニスは緊張と楽しみでドキドキですが失敗ありきで頑張ります。

次回更新楽しみにしています。
Commented by 菊田 at 2011-04-16 07:49 x
栗栖さん、こんにちは。

そうですね、こういう時だからこそ、前向きな話題は大切ですよね。
できる限り楽しい話題を続けていきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

オールドバイオリンは、もともと名人が製作したのですから、それだけでも迫力があるわけですが、ところどころに傷や、染みができていて、それがまた、なんとも言えない雰囲気を出していると思います。

左側のエフと駒の間にある傷などは、新作バイオリンに付けてしまったらショックで立ち直れないような傷ですが、でも、300年経過すると、このように、独特の雰囲気が出てくるものですから、不思議です。

さて、栗栖さんも、ニスの段階に入られたのですね。
ニスは、木工以上に、予期しない事態が起こりやすい作業ですので、最初のうちは、失敗を避けることは不可能だと思います。

私も、いままでに数知れず、失敗を繰り返してきましたが、それでも、まだまだ安定したニス塗りは難しいと感じていますし、私の師匠のラザーリさんも、いつもニス塗りには悩んでいます。

なので、栗栖さんも、とりあえず、失敗を恐れずに、緊張感を楽しんで作業していただければと思います。
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